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■バルーンはタダのもの?

私がプロに転向するにあたって、いくつかの目標を立てました。
その中の一つ、「バルーンはタダでもらえるものという認識を変えていく」
そのことについて述べる機会があったので整理してみたいと思います。
ただ単に…

タダでもらえるという風潮は、バルーンの裾野が広がってきたという現象の一つの結果ではないかなと思います。イベントなんかでバルーンはタダで配っていたり、バルーン教室やカルチャースクール、ネット文化の浸透に伴うHP上でのレシピの公開など、様々なところからバルーンは日本全国に浸透してきているんだなぁと思います。

まず、なぜバルーンは「タダ」という風に思われるのか…。

1,イベントでタダで配るからタダで貰う物だと思う。
2,いわゆる「うちのお母さんでも作れる」
5,見た目が普通だから
4,バルーンの材料費が安い物だから、別にタダでもいいじゃん
5,とりあえず言ってみる


《1,イベントでタダで貰える》
これはシステム的な要素です。
各イベントではバルーンの集客率や、華やかさ、プレゼントという直接的な効果から、グリーディングであったり、プレゼントであったり、様々な形でバルーンをお客様にタダでプレゼントする場合が数多くあります。
ただ、これはあくまでお客様に対してはタダでバルーンを作ってはいるけども、出演するツイスターは「出演料」という形でクライアント様からお金を頂いています。要はタダで渡している訳ではないのです。
ですが、あくまでお客様からの視点では「タダ」で貰っているので、このシステムが変らない限り、この視点での見方は変らないと思います。

《2,お母さんでも作れる》
これは価値観的なところですかね。
ツイスターさんの技術や段階によっては、イヌやお花、動物など、「うちのお母さんでも作れる」ものを中心に作る方も多いと思います。それを否定する訳ではないですが、もらう側の価値観でこの考え方になるのはしかたないと思います。これは誰でもそうだと思いますが、お金のやりとりが行われる場所では対象物に対してのそれだけの価値があるかの評価、比較を無意識ながらしてしまいます(お金のやりとりがないところもですが)
その価値観に対して、対価=お金(やその他)を出す物ではないと判断されてしまうならそれは仕方ないです。
バルーンを作るときにも、簡単な作品を「簡単に出来るよ」って言いながら作るのと(必要な会話の中でならアリだと思いますが)、かっこよく、難しそうに、でもスムーズに作るかは相手からの見方や評価が変わります。簡単に作れる(様に見える)→私でも出来る→価値観の下落
って構図も少なからずあります。
作り手であるツイスターさんも、誰かがバルーンをやっていた時、その作品が自分でも作れると思ったら、特に凄いと思える事がなければわざわざお金出してまで買うことないと思いますが、そう言うことです。

《3,見た目が普通》
これは視覚的、価値的な要素です。
「見た目」や「普通」というのは一概には定義出来ないものですが、言動が、衣装が、作る物が、作る姿が、道具が、いわゆる「普通」であれば上記である「対価」としてのお金や気持ち、拍手は届かないと思います。
特に面白くもないトーク、普段着と思われる衣装、誰でも作れるような作品、うつむいて内職的な作り方、どこにでもありそうな明らかに手抜きな道具。そういう視覚的な面から普通(特別ではないという意味の)と判断されてしまい、それに対しての対価は動かないと思います。

《4,原価が安いからタダでもええやん》
これは適当に流したり、上手いトークで切り抜けてください。ただし、冗談半分か、本気かを見極めて嫌な顔せずにそれもトークネタとして活かせるように頑張ってみてください。本気で言う人なんて一握りですし、この手の事を言う人は上手く返すとむしろ喜んでくれる場合が多いので、いろんなパターンを考えておくといいと思います。

《5,とりあえず言ってみる》
このパターンは結構多いです。言う側からしたら「はい」といえば儲けものですし、「違う」と言われたら次の交渉に移るだけです。
これも本気か冗談かの判断は慣れだと思いますが、身構えて嫌な顔して答えたら、とりあえず言ってみた相手も気を悪くすると思うので、身軽なトークで切り返して下さい。


と、まぁ。
勝手に色々定義してみたのですが、4,5は置いておいて、1,2,3に対しての私の答えは一つ。

「相手の価値観は変えられない」

ですね。

ならどうするか…。答えも一つです。
変えれるのは自分(ツイスター)側しか出来ないということ。


それに気付いてからは、様々なものを意識して変えてきました。
私は、お台場や、ストリートなど「お気持ち」で評価を決めてもらう事が多い場所でやることも多いのですが、だからこそお金=評価・対価だという気持ちが凄く強いです。
もちろんお金は欲しいです。
ならたくさん貰うためにはどうするか…お金=評価をたくさんして貰えるようなパフォーマンスや作品を磨き、提供するしかないと考えています。
なので「タダですか?」と聞かれたら「評価してください」としか言いません。それで例えタダであっても、それは相手がそういう評価をしたということで、=自分のパフォーマンスや作品が相手の心を動かせなかったという事なので凄く落ち込みつつも、次頑張ろうと思います。
お金お金と言ってはいてもお金は評価や対価の表現の一部でしかないので、例え10円でもとびきりのスマイルがあれば満足だし、お金がないから…と暖かいコーヒーや飴ちゃんを差し入れてくれる気持ちも最大限の評価として凄く嬉しく思います。

逆に、お金を貰うからにはそれなりの対価や評価を貰えることをしなければいけないと思うし、「金ならあるからそれを売ってくれ」というのは「販売じゃないんで…」と断ります。私にとっての1円の価値=評価とそういう風に言う人の1円の価値=評価自体が違うので、それは結局心を動かしていないのじゃないかとも思います。



「いいものは評価される」
プロ転向後1年ちょっとの短い間ですが今の時点では、そう思います。

ちょっとキツイことを言うと、
「バルーンはタダだと思われてる」
という人はイコール、作品に対して、パフォーマンスに対して、様々な要素に対して「タダ」の評価をされている部分があるんだと気づいて下さい。お金を自分への評価の対価として請求するならそれなりの事をして胸を張って言えるかどうか、断り方、言い方にもっといい言葉は無かったのかどうか、もっといい対策が無かったのかどうか。色々と考えるところがあると思います。

相手の価値観を変えることが出来ないのであれば相手の価値観に触れる事を、
相手の考え方を変えることが出来ないのであれば、とびきりの驚きを、
相手の心が動かないのであれば、全力の感動を。

自分(ツイスター)側がやるしかないのです。

今はバルーンの転換期です。
バルーンが特別な一部の人のものではなく、一般に普及して、プロとアマの差が急激に縮まってきています。恐ろしい技術を持つアマチュア、趣味を超えたテクニックなど、裾野が広がり、沢山の才能が誕生している中で「お金」という対価を求めるのであればどこまで差を付けられるか、どこまで腕を磨き、自分を成長させれるかが問われている時代になっています。
「昔は良かった」「今までは…」では取り残されていく可能性があります。もちろんそれはこれを書いている自分自身にも言えることなのですが…。

昔、山下公園でいろんなものをタダで配っていた私が言う物でもないのですが…。
今、人から評価されるような技術や作品をタダで提供しているツイスターは出来れば、それに対する「評価」を付けて貰う習慣を付けていった方がいいかなとも思います。
お金じゃなくてもいいです。物々交換でも、一芸見せてくれでも、とびきりのスマイルでも…。
どれだけ頑張っても価値観の下限が上がってきてしまうと、どうしようもないので、今後のバルーン界の為にも、そして自分自身の為にもよろしくお願いしますm(_ _)m

(H21.10.26)
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